2006年11月 6日 (月)

種の快感も進化する?(その3)

 進化である。快感が進化するとはどういうことか、それはすなわち
より生存の可能性をたかめるためにより環境に適応させるために
自らの形態や機能を変化させていく進化が、「快感」にもおきている、
ペニスの形状も変化し続けているであろうし、意味不明だと言われ
ている処女膜だって進化し、あるいは退化して現在の処女膜である
のだと、では、感覚そのもの、つまり、どういう感覚を「快感」と認識
するかという、その感覚だって「進化」してきた、そして今なお進化し
続けていると考えるのが、極めて自然だし、現に「調教」という手段
で自らの肉体に新たな「快感」を植えつけられた経験のある貴女や、
貴方であれば、まったくその通りだと納得していただけるであろう。

 そんなことして一体ナニが気持ちいいの? と子供心に思ったこと
が第二次性徴期以降では、やってみると気持ちいい、という経験の
有無を例にするまでもなく、ある感覚がある日ある時突然に「快感」
に変ずるのだ。
一般にポピュラーなのは「くすぐったいところは性感帯」というやつで、
「くすぐった~い!」とイヤがられても止めちゃイケない、それがもうす
ぐ「イイ~!」になるのだ、「痛~い!」と叫ばれたとて、乳首やヒップ
をつねるのだ、引っ張るのだ、舐める、摩るだけではイケない、不思
議と辛~い料理がしばらくするとまた食べたくなる、いつのまにか大
好物になっている、ソレと同じだ、その叫びは「イイ~!凄くイイ~!」
へと進化するのだ。

 しかし、全ての個体が同じ嗜好とは限らない、ということを忘れては
ならない、ただ痛いだけの一生、ひたすら笑い苦しむだけの貴女や
貴方だって決して少なくはないのだ、自分の肉体がおかしいのではな
いか、私だけヘンなのではないか、などと悩む必要は、それこそまっ
たく無いのだ。

 むしろ本当にやっかいなのは、自分の「快感」を「進化」させるには、
自分の思いもよらない、むしろ避けていたヤリ方での愛撫を授け続け
る必要がある、ということなのだ。女性であれば、貴女であれば思い
出していただきたい、最初は痛かったでしょ、大して気持ちよくなんか
なかったでしょ、でも、今はシタいでしょ、いつからかそうなったでしょ、
え、最初から 「イイ~!気持ちイイヨ~!」で「もっとシテ~、もっと突い
て~!」だった? だったんですか? そうですかぁ。ィィですなぁ.........。

(つづくけれど、進化の項はここまで)

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2006年11月 2日 (木)

種の快感も進化する?(その2)

 一瞬で異性を魅きつける必殺技とは何か、果たしてそんな幻の
秘技が生物としてのヒトに存在するのだろうか。

 遺伝子の実験(シミュレーション)で面白いと思ったのだが、今の地球
環境にもっとも適していて生存能力を高めているとみなされる遺伝
子のみをDNA情報として残した場合、たしかに宇宙的時間尺度で
ほんの一瞬にも満たない繁栄(繁殖)の時期が来るのだが、あっと
言う間もなく絶滅してしまう、つまり、今の地球環境では生存のため
にはマイナスと思われている性質を持つ個体が一定の割合で存在
してこそ、種は永く子孫を残し続けることができる、ということは.......

変態、異常性欲者が一定の割合で存在してこそ、ヒトの遺伝子は
この地上に永く子孫を残すことが出来る、ということではないだろうか、
一見、まったく子孫を残すためとは思えない、否、むしろ そんなことを
しても妊娠/出産につながらないと信じられていること、実際、今この
時代ではその行為によって受精も受胎も出来ようはずが無い行為が
遠い未来、あるいは割と近い将来の人類のとってのノーマルな生殖
行為となっているやもしれぬ、とこういう訳で、私は強く思うのである、
同性愛者同士での妊娠が可能になり、性同一性障害は障害ではなく
自らの性を任意に選択する能力を持つ種族として、小子化をもろとも
せずに、その快感の追求(進化)と種の保存を両立されていくに違い
ないのだと。

(つづく)

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2006年10月30日 (月)

種の快感も進化する?(その1)

 生物の進化の歴史において、生殖行動に伴う快感はどのように
位置付けられているのか。不勉強にして私はこの「快感の進化」に
ついては何らの知識も持ち得ていない。しかし、生物が進化すると
いうことは肉体的と心理的のいずれも等しく進化の道を歩んだこと
は間違いないのであって、「感情」などはまさに心理的進化によって
生じたにちがいなく、心理的進化とはすなわち「脳の進化」にほかな
るまい。畢竟、生物の生存目的は種の保存、これに尽きる。だから
ナニがナンでも生殖活動はせねばならぬ、カマキリの♂なんか♀に
喰われて死んじまうのにヤッちゃうのだ、死んでもヤリたい、そうで
なければならないのだから、それはその見返りにさぞや気持ちいい
おもいをさせてもらえるように出来ているに違いないのだ。
 と、羨ましがっている立場ではない。およそ生物の中でもっとも気
持ちいい生殖行動をとっているのが我々人間たちなのだから。但し、
現時点で進化の頂点に立つと目されている人間たちの行動は、種
の保存というよりむしろ絶滅を目指していると言わざるをえないほど
ヘンになっちゃってるのではある。そして、生殖行動も本来の目的と
それに付随していたものとの逆転現象が起きて久しいのである。

(つづく)

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2006年10月26日 (木)

【休憩】フェロモンってナニ?【時間】

 ここで フェロモン についての基礎知識をおさらいしておきましょう。
「東京都神経科学総合研究所」によると、以下のような説明になり
ます。以下ご熟読いただきますように。下記の“キャッシュ”をクリッ
クしてください。

キャッシュ

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2006年10月25日 (水)

プラトニックに快楽は無い? ワンタイムラヴは恋愛ではない? それが疑問ぢゃ。(その3)

 恋愛が性欲であり、恋愛の始まりが結局は一瞬にもたらされる何か
であるとするならば、その一瞬にもたらされるものとは強烈に性欲
を刺激する何か、であるに違いない。では、それは何か? ♂と♀を
唐突にソノ気にさせるといえばまっさきに思いつくのはフェロモンで
あろう、そしてフェロモン=匂いの図式が想い描かれるのではない
だろうか。では、フェロモンとは化学的に分析されている、よく妖しげ
な広告や大人ショップで売られているスプレーなどの解説に書かれ
ているような“香り”に効果が存在しているものなのだろうか?
フェロモンというのは香りあるいは香りの成分だけに限定すべきでは
ないのではないか? 貴方は、貴女は、異性に魅きつけられたとき
必ず相手の“香り”が決め手になっていただろうか?

 そうではあるまい、そうではあるまいが、実はそれでもやはりそれは
フェロモンに影響されていたに違いないとも、私は考えるのである。
そして、思考錯誤はさらに続くのである。

(つづく)

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2006年10月23日 (月)

プラトニックに快楽は無い? ワンタイムラヴは恋愛ではない? それが疑問ぢゃ。(その2)

 一目惚れでなくとも恋の始まる瞬間というのは瞬間なのであって
それまでなんとも思っていなかった貴方や貴女を想ってしまうのは
まさに一瞬の何事かによるのだ。恋心はそれ自体が快感物質を
吐き出す、あるいは性ホルモンがある年齢に達すると強制的に恋を
させるのだという説もあっていいと考えるのだが、いずれにしろ、恋は
するものではなく してしまうものなのだ、したくない相手ばっかりしか
周りにいなくなったら、それでもその中から相手を決めてしてしまう
のだ、なぜなら恋心とは性欲だからだ。プラトニック・ラブは本能的な
焦らしなのだ、性欲に定型は無くあたかも流れる水の如く、相手や
場所や時が変われば性欲もまたそのことに合わせて発露の型を変え
てしまうののなのだ、そして流れる水がとどまって例えば黒部ダムに
満たされたあの水こそが性欲なのだと思いいたれば、本来自在に
流れて大地も生き物たちも潤されてしかるべき水を人間は不自然に
貯めては吐き出す、まさしく人間が本来自由に発露すべき性欲を不
自然な押さえ込み方をして、さぁ許されるという時が来るまで待てれ
ばよいが、はたして黒部ダムといえども許容を越えれば決壊する、ま
してやヒトの性欲である、決壊することの方が多くて当然と、貴女は、
貴方は、そうは思われないだろうか? それならば、恋人同士が感じ
あう“しあわせ”というものは“性的快感”とその根ざすところは同一な
のではないかと、思考錯誤はつづくのである。

(つづく)

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2006年9月22日 (金)

プラトニックに快楽は無い? ワンタイムラヴは恋愛ではない? それが疑問ぢゃ。(その1)

男が女を求め、女が男を求め、男が男も求め、女が女も求め、つまり
人が人を求める。まれに人が羊や山羊や鶏や犬や猫や馬を求める
ことだってあるのだが、基本は人と人である。しからば、何ゆえ人は
人を求めるか、無償の愛はあるだろう、されど目的の無い愛は存在
しうるか、M性ならば「失恋による痛手」をこそ望むものであろうか、
S性とすれば惚れた相手を無碍に扱うことが心地よいのであろうか、
どうも、そうではないらしい。MでもSでも恋愛関係は成就した上で、
性的快感、主に肉体に対しての責める/責められるを次のステップ
として求めるもののようだ、と書いていて フト 思ったのだが 「羞恥
プレイ」はまったく精神的な責め技であり、肉体に指一本、魔羅一本、
舌先一寸も触れることなく、しかしてその羞恥快感は間違いなく肉体
を感応させ、性器を反応させ、そのまま離れた二人が同時に絶頂に
到達することすらあると言うではないか、言うよね。

(つづく)

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2006年9月20日 (水)

水は器の型に合わせてその形を変える、器の容量に合わせてその大きさを変える、どこが疑問か、それが疑問ぢゃ。

 「麩魔羅」とは、女性の側からすれば魔法の魔羅であるのだ。

大きい女陰に入ればその大きさを満たし、狭い女陰の中でも決して
苦しませることがなく、さながら水が器に合わせてその形も大きさも
自在に変わり続けるがごとくに、麩魔羅は自らの勃起が相手次第で
変わるのである。信じがたい?そう、この 「名刀」 にお手合わせ願え
る女性は、「名器」に遭遇する男性と比しても極端に少ないであろう。
 男性である私とて、ソレはいかなる一物か想像して悩み多く、つまり
その麩魔羅の持ち主は自らを慰めるときには如何程の大きさ硬さに
なるものであるか......。いずれにしろ、このような奇跡の突起物が江戸
時代の『子種蒔』では5位(とはいえ、上位にあるには違いない)程度
に甘んじているのか、実は、そのわけはまさにこの「麩魔羅」の希少性
にあるのである。考えてみていただきたい、あるいは思い出してみて

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2006年9月 8日 (金)

いにしえの、花のお江戸のまぐわい文化は現代よりも、うふふ? とほほ? それが疑問ぢゃ。

 もともと「名刀」篇を始めるにあたって、花のお江戸の“魔羅比べ”
からひもとくつもりだったのだが、肝心の元本が見つからず、だが、
いよいよ最終回という段になって突然見つかるという、探すのをやめ
た時 見つかることもよくある話で、という「夢の中へ」現象な訳だが、
まずはこちらをお読みいただきたいものだ、

http://www.y-yy.com/n-002.htm

前半も、あるいは前半の方により興味を示した貴女や貴方であるか
もしれないが、それはそれとして後半に書かれている、江戸末期に
刊行された『子種蒔』という本の中の“魔羅の等級”ではランク5位
の「麩魔羅」を、あえて「最高の名刀」と格上げするにはそれ相応の
理由付けが当然必要であろうし、もちろん、それをこれから考察する
ことになるのだが、しかし、『子種蒔』とはなんと洒落たタイトルを付け
たものか、さすがに江戸文化の水準の高さというか、粋な、種蒔く人
たちがよってたかって男も女も品定めされ洒落のめされていたのだな
と、思うにつけ少し寄り道と言うか、はたして現代と江戸時代と、男と
女のまぐわいごとに、いかほどの違いがあるものなりや、しこうして、

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2006年9月 4日 (月)

両性具有体の場合、妊娠させる、妊娠する、どちらも可能? それが疑問ぢゃ。

 タブさんからのお尋ねの件、極めてデリケートな問題でもあるので、
自分の知識が正しいものか、普通は思い込みでも書いちゃうのだが
ちょっと調べなおしてみたりした。ということで、お待たせしましたの
だが、男性器もある、女性器もある、ふたなり/半陰陽/両性具有の
場合について、見た目だけか生殖機能も備わっているものか、大疑
問ぢゃが、まず、両性具有のおさらいである。ここでおことわりだが、
ここから先の内容は両性具有者であり漫画家でもある(まだ描いて
いるかは不明)CHACOさんが内田春菊の名作ふたなり漫画 『目を
閉じて抱いて』の角川文庫版全5巻の5巻目の巻末に寄せた「半陰
陽として生きる花房」という文章からほとんどイタダいた(“花房”は
主人公の名前)もであるが、なにしろ本人が本物の両性具有者なの

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2006年8月17日 (木)

ペニスの正体は海綿体、ではクリトリスは何でデキてるの? それが疑問ぢゃ。

 理由までは知らないのだが、ペニスには「海綿体三つ」のバージョン
と「海綿体四つ」のとが存在する。海綿体に血液が流れ込んで勃起
が起こるのであるから、当然、海綿体三つよりは四つのほうが、太く
堅く勃起するものと思うのだが、私のはどうも三つしか入ってない。
自分がご使用になるお道具がどちらのバージョンなのかは、比較的
簡単に調べられる。もともと30年ほど前の女子中・高校生の間で流
行った「バージンか、非バージンか」を探り合う遊びのバリエーション
の一つで、「男性のモノを握った経験があるか、ないか」を調べるの
が目的のやり方なのだが、
まず、左右の手のひらを合わせ指を組む
次に、左右の人差し指を立てる
で、さらに左右の中指を立てた状態(指4本)が海綿体四つペニス
で、左右どちらかの中指を立てた状態(指3本)が海綿体三つペニス
で、お目当ての女の子に「目をつぶってその指の束を握らせる」と、
その感触が勃起したペニスを握ったときの感触に似ているから
「顔が赤くなったり、恥ずかしがったりすれば、その子はペニスを握っ
た経験がある」という判定が下されるのである。そのさい、ペニスの

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2006年8月16日 (水)

性的交渉は何故気持ちがよくなるのか、それが疑問ぢゃ。

 今回のお話は“魔羅”すなわち“陰茎”いわゆる“ペニス”要する
に“男性器”または“ちんぽ”あるいは“おちんちん”もしくは“男根”
さらにはhttp://mutugoto.tripod.com/mutu_man.htmlなどなど、
その名称/俗称、数知れずといえども指し示したるはアレであり、
ナニのことをとり上げる訳である。
 そもそもアレは何のための道具か、平常時においては排尿であり
勃起時においては射精である。では何故 勃起する必要があるのか
それは挿入のためである。挿入するのは女性器と男性器が互いに
刺激しあって結合状態のままで射精を可能にするためである。すべ
ては受精の確率を高めるための進化によってもたらされた仕組みで
ある。そして、その目的から考えると女性器の「絶対名器」はまさに
進化の頂点にあるといえる、男性器への天然刺激は精子の量を
増やし、根元などを絞めつけることで射精後の精液の流出を食止め
るという、わずかでもデキやすい可能性を求めているのである。では

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2006年8月15日 (火)

「名刀」とは水の如し、器を選ばず、普段は穏やか、 なれどその破壊力は止まるところを知らずという、  それが疑問ぢゃ。

 「名器」と「名刀」の評価で、「名刀」にはあるが「名器」ではまず
無視される項目がある、それは「見た目」である。男性によって「名
器」が語られるとき、「美しい」と評されることはまずない。「名器」も
「普通器」も見た目はまったく変わらない、というか、一度だけ、ほん
とうに教科書に出てるような、まさしく絵に描いたような女性器を拝
んだことがあるけれども、女性の皆さんはドレも皆違っていて基本に
忠実なものはないようなのである。それは殿方のお道具もそうじゃ
ございませんこと、という呟きはごもっともだが、こちらの方は基本形
がはるかにシンプルであるから、コレもそうなんですか? みたいな
サンプルに出くわすことはまずあるまい、それに引き換えおまんこは
まさに千変万化の趣きをたたえているものだ。そして、男性のモノは
まず「見た目」によっての評価にさらされるのが常なのである。曰く、

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2006年8月10日 (木)

チッパイで誘惑?チッパイが誘惑?それが疑問ぢゃ。

 大きなおっぱいの女性はあまりおっぱいへの愛撫を喜ばない、と
いう報告は多い。おそらくこれが「大きいおっぱいは感度が鈍い」の
根拠になっているのであろうが、ちょおと待ちたまえ、体験者諸君。
以前仰天したことがあったのだが、「大きいおっぱいは脂肪の塊り
だから揉んでもモンでも何も感じない。小さいおっぱいは揉めばすぐ
神経に届くので感じやすい」などという説が流布している、あたかも
性交後コカ・コーラを膣内に注いでおけば妊娠しない、というのと同
じレベルのトンデモナイなのであって、もしや貴方は信じてはいます
まいな? 思い込みとは実に恐ろしきものよ。一般にいう“性感帯”
とは「皮膚感覚」である。「愛撫」または「ペッティング」という語から
イメージされるのは指圧とかツボ押しとかではないでしょう?やさしく
柔らかく撫で摩る、コレでしょう? 叩かれたいとか縛られたいとかは
そのあとの個人の趣味のなせる業であって、とりあえず初顔合わせ

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2006年8月 9日 (水)

“おっぱい”を巡る都市伝説?清純派のおっぱいは  小さい? それが疑問ぢゃ。

 今でもその傾向は脈々と生き続けているのは間違いないのだが、
中学生、高校生ぐらいの男子は 「おっぱいの大きな女子はHが好
き」 だという信念を持っている、ホントだよ。最近では絶対数が増
えたとはいえ、小学校高学年から胸のふくらみがハッキリと存在す
る子や中学、さらには法的にも結婚が可能な年齢に達する高校で
さえも、周りの女子と比べて著しく胸が目立つ女子にとっては大き
いことが「恥ずかしい」ことでしかないことの方が普通のようである。
その理由は、男子(場合によっては女子)の自分を見る視線が、
「あなたのおっぱいの大きさからして、あなたはHが好きなのですね」
と語りかけてくるからである、いや、はっきりとそう聞こえなくとも、罪
悪感にも似た羞恥心を感じたと述懐する女性は多い。はず。それで、
その後 ホントにHが好きになってしまうと、自分のおっぱいの大きさ
を恥ずかしく思うこともなくなり、男性のそういう視線も相手によっては
あながちイヤでもなくなってしまうのである。では、小学校、中学校、
高等学校とそんな男子の視線にさらされることもなく、おそらくは清純
派の名声を欲しいままにしてきたチッパイたちは自分の胸の膨らまな
さに胸をなであろしていたのだろうか、これもどうもそうシンプルライフ

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2006年8月 7日 (月)

性教育昔話でも。*もう一つの『三丁目の夕日』 ④

 所謂「保健体育」での性教育ではない。男と女についての家庭で
の躾とか常識とか、そういうことについてなのだが。これらは今日現
在の常識からみれば、女性蔑視 と 理不尽 と 男の都合だけで決め
付けられていたように思えることばかりではあるが、何故そうであっ
たか、冷静に考えてみたいのである。で、何故こういう話題なのかと
いうと夏だからである。夏で女性陣が薄着だからである。つい、ムラ
ムラッとしちゃったのである。つまり、女性はその存在だけで男性を
誘惑しているのである、という主観的事実を今朝通勤途中で実感し
たからである。例えば、電車内で見ず知らずの女性のお尻やおっぱ
いを触ったとして、アノころ、それはやはり痴漢であり失礼であり恥知
らずであり犯罪ではあったが、それで一生を棒に振ることはなかった。
アノころ、痴漢に遭うのは女性にスキがあったからであり、無意識に
でも男性の劣情を催させた責任は女性の側にあったのである。今だっ
てある。しかし、今はそういう行為に及んだ場合計画的と出来心とに
かかわらず、男性はかなりの確率で社会的に抹殺される。それはもは
や道徳上の問題ではなく、男性の人格の全否定に直結しているので

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2006年8月 4日 (金)

おっぱいで、乳首だけが見えてるのと、谷間やふもとだけが見えてるのとでは、どっちがソソるか、それが疑問ぢゃ。

 夏はおっぱいこそよけれ、である。尻もますますよけれ、なのです
が。とりあえず、おっぱい。で、乳首と谷間の熾烈な主導権争いが
本人のあずかり知らぬところで、主に通勤/通学途中の電車内とか
そういうところで周りの多くの男性(一部は女性も)の心の闇を刺激
しながら、繰り広げられているのである。

 ということで、今回はまだ「名刀を訪ねて」の旅ではないのである。

 大きなおっぱいや巨乳の場合、全体の大きさに比例して乳首も大
きい、とは言い切れまい。その逆の微乳、貧乳に本体よりも大きい
乳首を見かけることは、もっと度々の経験があるのでは、皆さん?
 すなわち「おっぱいフェチ」と一括りにされてはいるが、その内には

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2006年8月 1日 (火)

予告篇:「名刀」とはなんだ? それが疑問ぢゃ。

 なにせ名刀もナニもこの体内に受け挿れたことが無い、それでも
世に「名器あらば名刀あるべし」である。しかし、果たして「名刀」は
「名器」と対応させて《同等のモノ》として存在しうるのであろうか。
試みに「絶対名器」の定義を復習してみると「男性器の挿入後、男
女いずれも摩擦運動を行うことなく男性を射精に導く機能を有する
女性器」であった。では「名器」と「名刀」が男女の立場を逆転させ
るだけでこと足れりとできるであろうか、すなわち、「絶対名刀」とは
「女性器に挿入後、男女いずれも摩擦運動を行うことなく女性を絶頂
に導く機能を有する男性器」という定義は成立可能なのだろうか。
男性の性的頂点及びその快楽の沸騰点は射精である。わかりやす
い。第三者の眼で見ても容易にイッたと識別されうるものである。し
かし、「女性における性的絶頂の見極め」は古今東西において、未だ

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2006年7月26日 (水)

続・続・続 やれば出来る? それが疑問ぢゃ。

 タイトルからしてゾクゾクゾクッとしてくる今日この頃である。皆さん、
ご機嫌いかがでいらっしゃいますかしら。で、名器現象の仲間に
「狭い」が参加するとどうなるのか、という話なのだが、もし、挿入さ
れている男性器が同一のものであるとしたなら、「狭い」方が絞めつ
けが強い、と感じられる訳である。前回までの「名器」が誰を相手に
しても名器として機能する「絶対名器」であったのに対して、こういう
ペアリングによって成立する場合は「相対名器」あるいは「結果名器」
という区別をするのである。これはテクニックによってもたらされるもの
でもないし、そもそも女性器はきわめて弾力的というか環境適応能力
に優れているというか、同一の男性器と長く、あるいは数多く交渉事
を続けて行った場合に、その男性器仕様の女性器へと変貌を遂げて

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チナシタソ、自分を信じて、自分を裏切らないで。     旅立て!

 これは旅立ちである。「出発」と書いて「たびだち」と読ませること
もある。だから旅立ちは前に進むことなのだ。下流に流されること
ではないんだ。普通の人生、などというものが果たしてあるものか
どうか、人はそれぞれ皆、他の人とは比べられない人生を背負う
ものだとわかっている、わかっていてもチナシタソの行く道は、これ
まで来た道がそうだったように、いや、これまでよりもっと曲がり、
うねり、アップダウンのある、私と同じところまで歳がくれば、実に
振り返り甲斐のある、そういう道をまた選んだということなのだ。

 最後に、愛するより愛されたい、言葉だけの愛はいらない、真実
の愛がほしい、と叫んだのか囁いたのか、いずれにしても、どれほ
どの愛されない愛、言葉だけの愛、真実でない愛、がいかにチナシ
タソの来た道にあったのだろう、そのことを想うと、あのフォトジェニッ
クな笑顔と肉体美が違った景色のように、まるで、今まで見えてい
た景色がサングラス越しだったのだと不意に気づかされたような、
だけれど、やっと、あぁこれが本当だったんだと心が落ち着いてしま
うような、そんな、ごまかしようのない素の笑顔と肉体の美しさが、
やっと自分にも見せてもらえたような、最後の挨拶だった。

 これから先のチナシタソの行く道で、すれ違い、追い越し、追い越
され、肩を貸し、手をひかれ、声を交わし、挨拶をし、さまざまに一瞬
を、そして永遠を共有する可能性は、全ての人に、世界中の人々に、
チナシタソの望むと望まぬとにすら係わり無く、誰にでもあるのだ。

 さようなら、ではない、そのときはよろしく、と言おう。

 ありがとう、伝えきれない想いに一番近い言葉は、やっぱり、ありがとう。

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